Revised Edition “正方形の系譜 4:正方形フォーマットとステレオカメラ” by 調文明

なぜ、正方形フォーマットが誕生したのか。この問いは非常に魅力的でありながら、かつ非常に難解なものでもある。今回は、その謎に挑戦してみようと思う。もちろん、完璧な答えとまでは到底いかないかもしれない。しかし、一つのかすかな道筋だけでも示せたならば、正方形フォーマットの問題に新たな視点を導入することができるであろう。

そこで、本論文で扱う正方形フォーマットとして、ローライのカメラに注目したい。ローライが最初の正方形フォーマットのファインダーを有したカメラだったかは、今のところ定かではないが、資料等の実証的データの多さからみても、ローライのカメラを検証することは決して無益ではない。以上のように前置きした上で、ローライと正方形の関係に話を進めていこう。

ローライのカメラと正方形フォーマットの関係に、実はステレオカメラが大いに関わっているという事実は、今まであまり注目されてこなかったように思われる。パウル・フランケとラインホルト・ハイデッケの2名によって、1920年に設立されたカメラ会社フランケ・ウント・ハイデッケ社は、後にローライフレックスを世に送り出すのだが、設立当初はステレオカメラを製造していた。その初期には、三眼レフ式ステレオカメラである「ハイドスコープ」を製作したが、それは乾板用であった。ロールフィルム用の最初の三眼レフ型ステレオカメラは、1926年に「ロライドスコープ」という名で発売された。

「季刊クラシックカメラ18号 特集ローライ」の25pより引用
「季刊クラシックカメラ18号 特集ローライ」の25pより引用

ここで注目すべきは、このステレオカメラのファインダーのフォーマットが正方形であるということである。しかも、「ハイドスコープ」「ロライドスコープ」どちらとも6×13判の乾板あるいはロールフィルムを採用しており、6×6の正方形の写真2枚が出来上がるという仕組みであった。この事実から、ローライフレックスの6×6判の正方形フォーマットはステレオカメラから端を発しているということが分かる。

「ローライの歴史」(季刊クラシックカメラ18号所収)の中で、高島鎮雄はローライフレックスの誕生について、次のように書いている。

ステレオ写真はダゲレオタイプ時代の昔からあり、今日のテレビのように家庭でのエンターテインメントになっていた。しかしその人気には波があり、明らかにF&H社も経営を安定させるために、他のジャンルのカメラを模索していた。そんな時、ある人がハイデッケに「ロライドスコープから撮影レンズを一つ取り去って、モノのレフレックスカメラを作ったら」と提案した。そこでハイデッケはレンズを一つ取り去ったロライドスコープを縦にし、レフレックスファインダーを90度回して上から除くようにした。こうして生まれた二眼レフは『ローライフレックス』と名付けられ、1929年に発売される。だから最初のローライフレックスは6×6センチ判で、ピントフードなどは各部にロライドスコープの部品が流用されていた。(1)

このことからも分かるように、ローライフレックスの正方形フォーマットのファインダーは、ステレオカメラの構造を受け継いだものであり、二眼レフになって初めて採用されたものではないということになる。そのように考えると、「正方形にすることで、カメラを縦や横に変える負担をなくす」「正方形にすることで、縦でも横でもトリミング可能」などといった、今まで通説として語られてきた正方形フォーマットに関する言説も、一考する余地があるように思われる。

ステレオカメラに関して言えば、カメラを縦位置にして撮影することはまず考えられない。もし、縦位置で撮ってしまったら、そのステレオ写真を見る鑑賞者は、頭を横に曲げて見るしか方法がなくなってしまう。そのような窮屈な姿勢を鑑賞者に強いるほどの利点が、縦位置の撮影には到底見受けられないだろう。

次にトリミングであるが、ステレオ写真は、2枚の写真がほぼつながった状態で撮影される。それは常に2枚1組で製作されるのである。そうだとすると、上下のトリミングは可能であるが、左右のトリミングは不可能になる。2枚1組の写真のうち、左の写真の左隅1センチをトリミングしたいと思っても、右の写真の左隅は左の写真とつながってしまっているため、2枚の写真を分断しない限りトリミングは不可能である。

以上のように考えると、ハイドスコープやロライドスコープが正方形フォーマットを採用したのは、カメラの縦位置横位置やトリミングの問題とは直接には関わりがないということになる。だとすれば、正方形フォーマットの採用理由は何だったのか。これに対して、私は明確な「正解」を出すことは今のところできない。カメラの構造などの物的証拠のみでは、ここまでが限界であろう。とはいえ、本論では「正解」を用意できないまでも、一つの「解釈」を提出することはできる。

その解釈の鍵となるのは、ステレオ写真である。ここで興味深いのは、ステレオ写真はそもそも玩具として登場したのではなく、生理学の実験器具として登場したという経緯がある。人間の視野が横に広いのも、人間の視覚が交差状に見ているからであり、片目をつぶった状態で見ると、人間の視野は横幅が縮減する。ステレオ写真では、更に視覚を並行状に、すなわち左目は左側を、右目は右側を見るというように視野を限定させている。ステレオ写真に横幅の広い写真がないのも、その視覚の限界によるものである。そうだとすれば、人間の視野は、縦幅はそのままで、横幅が縮減する形になる。ステレオ写真もその形状に沿うように、規格化されることになる。ここから先は想像の域を出ないが、縦幅がそのままで、横幅が縮減されるときに、縦幅と横幅が一致する形状が、横幅もある程度まで確保できる最善の形だったのかもしれない。

さて、ここまでステレオ写真と正方形フォーマットに関する話をしてきたが、正方形フォーマットが生理学的視覚の影響を受けて登場したという見方も、あるいは可能なのかもしれない。私の当初の関心であった「正方形の気持ち悪さ」が、生理学とは全く対極にあったということからすると、この結論は逆の結果になってしまっているかもしれないが、正方形を2枚1組で捉えること、このことによって正方形フォーマットを生理学的視覚で理解することもできるのではないだろうか。

もちろん、生理学的視覚と正方形フォーマットの関係が直接、「正方形の気持ち悪さ」に結びつくということを言いたいのではない。本論では、正方形フォーマットがいかなる文脈で生まれたのかを、なるべく事物に即して読み解くことに主眼を置いていたので、その部分に関しては、更なる考察が必要である。しかし、正方形フォーマットとステレオカメラという、従来なら結びつきそうにもなかった両者がローライというカメラにおいて出会っていたということは、強調してもしすぎることはないだろう。今後取り組むべき課題は、ステレオ写真と正方形フォーマットとの関係をより詳細に見ていくこと、このことによって正方形フォーマットの起源が明らかになるかもしれない。

[註]
1) 24p 「季刊クラシックカメラ18号 特集ローライ」 双葉社 2003年