本展では、福島の県北地方(福島市・伊達市・桑折町・国見町)の桃園にて夏に撮影された作品を展示いたします。天高くまで入道雲が湧き立ち、照りつける陽射しに目を伏せたくなるような夏の頃、桃の収穫は盛りを迎えます。産毛が日光にきらめき実が丸々と膨らむ時期になると、葉の生い茂る樹の下に銀や白の反射シートを敷き詰め、着色を一気に加速させます。「はつひめ」「暁星」「あかつき」「まどか」「幸茜」……と収穫期の異なる品種の桃を、葉陰に潜り込んでもぎとっては籠に詰める作業を来る日も来る日も繰り返し、「桃の暦」に巻き …
「連荘」は、街を歩き写真を撮ることでそれぞれの街の歴史を嗅ぎとろうと探求を続ける岸の新たな制作を展覧していく試みです。 第21回となる本展は、山口県下関市や福岡県北九州市で撮影された写真で構成されています。古びた商店街や店舗の看板、街中や路地裏の人影。これらの写真からは普段私たちが街の中で見過ごしてしまうような物のありようや人の姿を観念や感情の向こう側で注視する岸の一貫した姿勢が感じられます。 本展にあわせて、写真冊子『連荘』の第21号が刊行されます。
街を歩いて写真を撮るシリーズ「連荘」の第21弾。山口県下関市、福岡県北九州市で撮影された写真で構成。
亀岡倫太郎写真展「奥羽6」(2026年8-9月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第30弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を …
亀岡倫太郎写真展「奥羽6」(2026年8-9月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第29弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を …
亀岡倫太郎写真展「奥羽6」(2026年8-9月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第28弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を …
亀岡倫太郎写真展「奥羽6」(2026年8-9月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第27弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を …
亀岡倫太郎写真展「奥羽6」(2026年8-9月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第26弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を …
Exhibition Documentation Keizo Kitajima: Borrowed place, borrowed time
The exhibition catalogue for “Keizo Kitajima: Borrowed Place, Borrowed Time” at the Nagano Prefectural Art Museum (November 29, 2025 – January 18, 2026).