亀岡は2024年より、自身の出身地である東北地方の撮影を精力的に行ってきました。「奥羽」シリーズは亀岡自身の故郷を含む東北地方が歩んできた歴史を考察しながら、撮影を続けていく試みです。奥羽とは東北地方の旧称であり、太平洋側の陸奥と日本海側の出羽を合わせたものです。明治維新以降、自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって「奥羽」のかわりに「東北」という名称が意識的に使われるようになり、現在に至ります。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかとい …
「連荘」は、街を歩き写真を撮ることでそれぞれの街の歴史を嗅ぎとろうと探求を続ける岸の新たな制作を展覧していく試みです。 第17回となる本展は、大阪市西成区や浪速区、生野区などで撮影された写真で構成されています。路地裏の通りや街中の人影、店舗の看板や放置された廃棄物。これらの写真からは普段私たちが街の中で見過ごしてしまうような物のありようや人の姿を観念や感情の向こう側で注視する岸の一貫した姿勢が感じられます。 本展にあわせて、写真冊子『連荘』の第17号が刊行されます。
亀岡倫太郎写真展「奥羽4」(2026年4月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第16弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を通し …
亀岡倫太郎写真展「奥羽4」(2026年4月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第17弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を通し …
亀岡倫太郎写真展「奥羽4」(2026年4月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第18弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を通し …
亀岡倫太郎写真展「奥羽4」(2026年4月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第19弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を通し …
亀岡倫太郎写真展「奥羽4」(2026年4月)にあわせて刊行された、写真集シリーズの第20弾! 奥羽とは、陸奥と出羽を合わせた名称であり、東北地方の旧称として用いられてきました。「東北」という言葉は、明治維新以降、「奥羽」にかわる言葉として自由民権運動にかかわった奥羽出身の活動家たちによって意識的に使われてきました。亀岡の撮影はこの地名の書き換えによって見えにくくなってしまったものがあるのではないかという問題意識から始まっています。亀岡にとって「東北/奥羽」の撮影は、個人的な体験や自身の記憶を通し …
街を歩いて写真を撮るシリーズ「連荘」の第17弾。大阪市西成区や浪速区、生野区などで撮影された写真で構成。
王子直紀写真展「川崎」 (2026年3月) にあわせて刊行された、写真集シリーズ第7号!
笹岡啓子が活動初期から20年以上にわたり取り組んできた、日本各地の海岸線や稜線をたどる連作の集成。
神保町の東京堂書店 神田神保町店2Fにて、「【連続展】浜昇の戦後と昭和」関連書籍を紹介するコーナーを作っていただいています(〜2026年5月31日まで)。
このたびphotographers' galleryでは「浜昇の戦後と昭和」と題し、浜昇の連続写真展(全6 回)を開催いたします。 浜昇(1946年、東京生まれ)は、1975年に東松照明や森山大道らが講師を務めた「WORKSHOP写真学校」に参加後、自主ギャラリー「PUT」設立に携わり、80年代に差しかかるまで個展・グループ展を通じて精力的に作品を発表します。その後も撮影を継続しながら、自ら設立したレーベル「写真公園林」での出版活動へと軸足を移し、写真展を含めた発表の場からは次第に距離を置くよう …