前田恭二『絵のように 明治文学と美術』

前田恭二『絵のように 明治文学と美術』

前田恭二『絵のように 明治文学と美術』

¥6,696

在庫あり

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〈Content〉

明治22年(1889年)から明治末年頃まで、文学者たちのテキストを幅広く読み直すことで、彼らに意識されたものとしての「美術」の変遷をたどる試み。

読み進むうちに、さまざまな文学者たちの意識の持ち方に出会うことになるだろう。ちょっと気恥かしいほどに純真な思い入れ、野次馬的な好奇心、真摯な批評意識、あるいは解きほぐすのが容易ではないコンプレックスという風に。そして、どうあれ確かなこととして、それらの先には、今日の美術に対する意識が位置している(中略)。美術なるものについて、われわれが持ち得た意識を明治の世に問い返すことで、この本は書かれたと言ってもよい(「まえがき」より)

【各章の要旨】
1章 温泉のボッティチェルリ
明治22年発表、山田美妙の小説『蝴蝶』をめぐる裸蝴蝶論争は、本朝裸体画史の一幕として名高い。ここでは従来、曖昧に語られることが多かった論争の起点を明示した上で、鴎外、紅葉と巌谷小波、依田学海や内田魯庵の発言を通じ、「鑑賞」「窃視」という2つのまなざしを対立軸とする論争としてとらえ直す。併せて、裸体と窃視の近代文学小史を概観する。

2章 美術国霊験記
同じく明治22年、露伴初期の雄編である『風流仏』の再読の試み。執筆に先立つ木曾路行との関係や露伴の美術観等が論じられてきたが、本章では関西に逗留した露伴と、当時進行していた美術行政上の事業との交差に注目する。それにより、本作が制度的に確立されつつあった「美術」からの逸脱の物語であることを明らかにする。

3章 博覧会の絵
第3回内国勧業博覧会の際、原田直次郎の出品作「騎龍観音」を擁護すべく、鴎外が奮闘したことはよく知られる。本章はさらに、亀井至一「美人弾琴図」を戯文に仕立てた紅葉と対比させることで、油絵なるものに向けられた2つの視線――批評的な視線と好奇のまなざしが併存したことを素描する。博覧会の絵をめぐる両者の姿勢は、ほどなく彼らが発表する芸術家小説の決定的な懸隔をも照らし出すだろう。

4章 月と風船
明治23年頃から日清戦争の時代までを「高所志向の時代」と見なすことは不当ではあるまい。凌雲閣の登場や軽気球興業は明治風俗史のトピックだが、その傍らには、ロマン主義的な心情と結びついた想像上の高所志向が位置していた。それら現実と空想に相渉る高所志向の時代を生き、やがて日清戦争に従軍する国木田独歩と子規の軌跡をたどり直す。特に彼らの歩行とまなざしの変容がテーマとなる。

5章 日本の写生
子規と美術と言えば、洋画との出会いと写生開眼がよく語られる。もっとも、子規の文業を通覧すれば、日本美術への言及の方がはるかに多い。ここでは正当にそれらを視野に収めることで、子規の美術観がどう変遷したのか、基本的な道筋を提示することを目指す。最晩年に行き着いた草花や果実の絵の意味にも再考を加える。

6章 イノセント・アイズ
雑誌「ホトトギス」が推進した「写生文」は近代文学研究の焦点となってきた。ここでは子規~虚子のラインではなく、虚子とは本質的に異質な散文を試みていた寺田寅彦に注目し、子規を挟む形で、寅彦的な散文と虚子的な散文が並存していたこと、そして、双方の散文が別種の視覚パラダイムに属していることを提示する。

7章 白馬に乗って
本書の後半は裸体画問題からリスタートする。黒田清輝の帰朝と台頭は明治30年をまたぐ形で「新派の時代」を創出した。その頃は冴えない状態にあった小杉天外の小説群を読み直すことで、黒田がもたらした特異なインパクトを描き出す。黒田こそは美と道徳のはざまに立つ洋画家像を決定づけたのであり、そのイメージが自然主義的な小説と家庭小説の双方に広がっていたことも指摘する。

8章 古き世へ 骨董の西
鴎外の『小倉日記』には古碑や書画骨董の記事が頻出する。それを精読することで、明治の世において地方に暮らすことが持ち得た意味を再考する。

9章 時にはぐれて 骨董の不安
もう一人の文豪、漱石の書画骨董観はいかなるものだったか。その小説には執拗なまでに「骨董を理解しない人物」が登場する。高い教養とは裏腹に、漱石が抱えていた屈折を概観し、弟子筋にあたる芥川のエピソードを付す。

10章 元禄模様太平記
三井呉服店、後の三越が演出した元禄ブームにはすぐれた著作も多い。ここではクロニクルの形式で、初期に関わった島崎柳塢と无声会の関係、1900年の留学者たちの動向をたどり、「アナクロニズム」の勝利を告げる流行現象としてとらえ直す。さらに三越的なるものを意識し、商略に与しなかった人物である漱石の小説を読み直す。

11章 蕩児の浮世絵
浮世絵はいかにして芸術としての地位を獲得したのか。ここでは明治43年に焦点を絞り、泉鏡花、上田敏、永井荷風、漱石、木下杢太郎とパンの会、さらに白樺派と谷崎潤一郎の小説を順次検討することで、幾つかの心情のパターンが同時的に浮世絵を芸術に押し上げていったことを明らかにする。

12章 食らうべき美術
最終章は初期文展と自然主義をテーマとする。単一的な時空間の意識のせり上がりを後景として、居場所のない青年としての石川啄木の苦闘をたどる。さらに現実に内属しつつ、現実を描写するというアポリアに美術家や文学者たちがとらわれ、やがて高村光太郎がこの種の発想をなし崩しに踏み越えていく中で、啄木がどのような思考に至っていたかを探る。その啄木の死をもって、本書は幕を下ろす。

著者略歴
1964年山口県生まれ。東京大学文学部卒業後、読売新聞社入社。文化部で主に美術記事を担当。著書に『やさしく読み解く日本絵画 雪舟から広重まで』(2003年)。


前田恭二『絵のように 明治文学と美術』
四六判/上製/708頁
注、参考文献、人名・作品名・事項索引あり
装幀:菊地信義 
発行:白水社
2014年8月23日配本
定価:6,200円+税