表紙写真:インド・ボーパール2011ワークショップより。「工場西アリフ・ナガール地区。排水溝の末端部。高栄養価の排水によって生い茂った雑草が朱い花をつけている。」

 


年1回発行の機関誌『photographers' gallery press』。
10号目となる『photographers' gallery press no. 10』がいよいよ2011年6月20日に発売開始!

近年めざましい活躍で注目を集めているフランスの哲学者・美術史家ジョルジュ・ディディ=ユベルマン。写真・絵画・映画など、さまざまな領域を軽やかに横断して展開される彼の思考は、イメージをめぐる発見に満ち溢れています。単著だけでも20冊を超える彼の思考に通底するものは何なのか、その答えを求めて本誌はパリに向かい、インタヴュー(本邦初)を行いました。未邦訳原稿2本と著作についての論考とともに、ディディ=ユベルマンの思考の全貌に迫ります!

定価:本体2,400+税
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発行元/photographers' gallery
判 型/B5判(W182 × H257mm)
頁 数/244頁
定 価/2,520円(本体2,400円+税)
発行日/2011年6月20日
ISBN978-4-903295-45-9 C0072 ¥2400E

発行責任/北島敬三
編集責任/米田拓朗
デザイン/田中勲




  Contents

  特集 写真史を書き換える ──写真史家 ジェフリー・バッチェン Rewriting the History of Photography:  Geoffrey Batchen




「蛍の残存−第2章−」
映画作家P・P・パゾリーニが謎の死を遂げる
11か月前に著した「蛍論」を取りあげ、蛍の微光や明滅にイメージそのものの形象を見て取るイメージ論。
(2009年)

「イメージは燃える」
イメージの「過剰」と「無」を前にして、私たちが応えるべきイメージとは何か? そしてどのようにイメージと係わり合うべきか? イメージを見ることの実践へと誘う、ディディ=ユベルマン渾身のイメージ/写真論。(2004年)


本邦初、ディディ=ユベルマンへのロング・インタヴュー23頁!(日英併記)


橋本一径 
《アトラス》
      ──いかにして世界を背負うか

豊島重之 
獲物の作法/被射体の書法
     ──オーギュスティーヌとシュレーバーをめぐって
  




 

倉石信乃  孤島論

 

南大東島に遺されていた写真には、「日本」の縮約的記録と、「日本」とは途絶した風景を同時に見ることができる。島嶼を結びつける善意に抗って、特異な「外れ」と「途絶」を体現する場=孤島として南大東島を捉えることは、他者了解の安直なヴァリエーションの数々に疑問を叩きつけるだろう。


「大東島青年音楽隊」『南大東村誌』290頁

小原真史  富士写真小史 1853−1945

 

さまざまな思惑と視線が交差する場所として表象されてきた富士山。近代化の過程で産出された富士山の表象を、写真を中心に幕末から敗戦まで辿り、日本(人)の自己表象という役割を担ってきた歴史を詳らかにする。


玉村康三郎「人力車」1880年代

平倉圭  時間の泥──ロバート・スミッソン《スパイラル・ジェッティ》

  《スパイラル・ジェッティ》には、不可思議な力と喜びが充ちている。物質と言語が限りなく分割可能であることが理解されたとき、私たちの内部の振動は物質の振動と同期してゆくことになるだろう。そのとき「死」は決して私たちのもとにはやってこない。


Film still from Spiral Jetty, 1970. Robert Smithson, University of California Press, 2005, p. 178.


前川修 
ブルデュー『写真論』を読む

土屋誠一 土地としての写真
     ──阿波根昌鴻の写真について

江澤健一郎 絵画という開かれた傷口
      ──ジョルジュ・バタイユ『マネ』をめぐって

中谷礼仁 Sense the Depth from the Surface
     ──インド・ボーパール2011ワークショップ

瀬戸正人 Varzea/バルセア
     ──消えゆく土地




  [ pg chronicle 2010 ]



 

1世紀半も遡る出来事を契機に、1973年に撮影された大島洋の「三閉伊」。当時、岩手県の民家や寺で開催された写真展の案内状(ガリ版刷り冊子)を40年近くの時間を経て再録。撮影された時間と場所が、普遍性にも特異性にも還元できない不思議な魅力をともなって、見る者の前に立ち現れる。


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