DVD+スライド上映会
“この夜の恍惚と不安” space harappa 2004/03/19 12:00 - 20:00 月曜休 / MON CLOSED

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Keizo Kitajima/北島 敬三

「PORTRAITS」は、1992年に開始され、延べ1800人を撮影、なお現在進行中のシリーズ。
「PLACES」は、1980年代後半から撮影されている世界各地の都市風景のシリーズ。今回は、ビデオプロジェクターによる写真上映という時間体験的なメディアを使って、両シリーズの写真群を解体、再編し、新たな差異を起動させることを目指す。

Masumi Kura/蔵 真墨

東京の路上における人物スナップ。人物を中心に配し、その所持品や背景をそのまま雑然と写し撮る。
美しくなく、叙情的でない作品群は写真を撮る側の絶対的権力と暴力性を愚直に提示する。未発表作を大量に含むモノクロ及びカラー作品100点。

Keiko Sasaoka/笹岡 啓子

近年、撮影を続けてきた広島平和記念公園及びその周辺での風景を中心とした写真。
上映にあたっては、ネガ画像をそのまま壁面投影するといった手法が用いられる。さまざまな人々が際限なく視覚表現を引き出してきた広島ではあるが、ここでは、〈痕跡〉という写真の物質性を提示することによって、かの都市の歴史的、象徴的イメージ化への抵抗となることが求められている。

Syuhei Motoyama/本山 周平

作者の刊行物「SM TABLOID」シリーズの初期に見せた東京のスナップショットをスライド上映用に再編集する。
ナイトクラブやゲイバーなどの場所で東京に渦巻く夜の喧噪を照射した写真に加え、今回は白昼の写真も加わる。モノクローム写真100点を予定。今回のイベントに合わせて、9号目となる新刊を発行する。「SM TABLOID 特別号 東京ブギーバック」A3判32ページ。

イベント詳細

青森県弘前市にあるNPO「harappa」で開かれているlectureシリーズの第4弾として、photographers’galleryからの4人が参加するDVDとスライドの上映会『Ecstasy+Terror ―この夜の恍惚と不安』が開催されました。以下はそれぞれのショーについての、レクチャー担当者・高橋しげみさん(青森県美術館整備室・学芸員)の感想を交えたレポートです。
プログラム
01 東京ブギーバッグ  [13分37秒] / 本山周平
02 激情装置 love machine  [20分] / 蔵真墨
03 PARK CITY  [30分] / 笹岡啓子 
04 NEW YORK  [20分] / 北島敬三
05 PORTRAITS+PLACES  [37分] / 北島敬三


 本山周平「東京ブギーバック」 スライド(95枚)

「津軽じょんがら節」(by 吉田兄弟)の津軽三味線を背景に、「SM TABLOIDO」シリーズ初期の東京のスナップショットがテンポよく映し出されていった。本山が今回、誤解されることを承知で、あえて音楽に津軽三味線を選択したという事実は、この写真家が目指すものの本質を知る上で、重要なことのような気がした。津軽という風土に雑草のように根づき、世俗の中で受け継がれてきた伝統的な和楽器、津軽三味線。これがもつ「和」と「俗」の要素は、これまでの本山の写真の中にも見出せるものではなかっただろうか。本来、三味線は民謡の伴奏として用いられたのだが、本山の写真は確かにどこか民謡的だ。この上映会にあわせて、harappaスペース内で同題の展覧会が開催されるとともに(2004/03/13~03/26)、harappa versionとして「SM TABLOIDO」の最新号も発行された。
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 蔵真墨「激情装置 love machine」 DVD

蔵がこれまで続けてきた、路上で目にするどこか違和感を感じさせる人々を撮った「love machine」シリーズ。今回、彼女はそれらの写真の全体の映像とその中の一部分をアップにした映像とを交互にスクリーンに映し出した。全体から部分、あるいは部分から全体という一定のリズムでの展開は、彼女の写真のもつユーモアを倍増させ、なおかつ一つの画像の中の断片と文脈の意味を考えさせる試みだった。本山のスライドショーでもそうだったように、蔵の場合も、映像とともに流された音は映像と同じくらい興味深いものだった。蔵は、写真を撮影する時のように、音もまた街の中に取材した。駅のホームに流れる電子音のメロディーや携帯電話で話す女性のおしゃべり、販売機からおちるつり銭の音など。それらは、蔵が採り貯めた音の中から部分的に選び出して編集したもので、ビデオのように、時間的に映像とシンクロしているのでは決してない。蔵の目と耳が切り取った現実の断片が、音と映像という形でいっしょになったとき、彼女が抱き続けている日常への問題意識のようなものが立体的に浮かび上がってくるのを感じた。
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会場となった部屋の中央に トレーシングペーパーを利用したスクリーンを設置。
会場となった部屋の中央に
トレーシングペーパーを利用したスクリーンを設置。


 

笹岡啓子「PARK CITY」 スライド(150枚)

「PARK CITY」は笹岡が、生まれ故郷の広島を、カラーやモノクロで撮影したシリーズだ。昨年から、ネガそのものを提示することによって、写真の支持体の問題を考えさせる実験的な発表を続けている笹岡だが、ここでもネガの投射が大部分を占めた。スライドプロジェクターのそばにマイクを置き、スライドが切り替わる「カシャ」っという音を会場中に響かせることで、写真の物理的な側面を強調していた。また寺山修司の評論集『遊撃とその誇り』の一説の引用ではじまるこのショーは、説話的要素の強いものでもあった。作家の幼少時代の風景を思わせる古びたカラー写真があったり、同じ風景のネガとポジが続いたり、被爆後の広島の白黒写真の複写が突然まじっていたりなど、そこには広島という街とそこに生を受けた人たちの過去と現在を横断するもう一つの時間軸があった。それを通じて、広島との関わり方を模索する作家の内面の静かな闘争が伝わってきた。
スクリーンの裏側、反対側が客席。投射は裏面から行われました。
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スクリーンの裏側、反対側が客席。投射は裏面から行われました。
スクリーンの裏側、反対側が客席。投射は裏面から行われました。


 

北島敬三「NEW YORK」 スライド(150枚) /「PORTRAITS+PLACES」DVD

「NEW YORK」は、北島が80年代に撮影したニューヨークの街のモノクロとカラーのスナップショットを編集したもので、ジミ・ヘンドリックスの「ウッド・ストック・バージョン」に合わせて投射された、と書いた時点で、北島の「NEW YORK」の写真を知る者にとっては、このショーがいかに興奮を引き起こしたかを想像するのは難しくないかもしれない。とりわけ印象的だったのは、ときどき「NEW YORK」の写真集のページの複写(しかもページがまたがったりして、明らかに複写と分かる状態で)がまじっていたことだ。これは、ネガが失われてしまった写真を見せるために作家がとった解決策であるのだが、プリント、写真集、スライドといった入れ子状の構造を内にもつこの映像は、写真とその媒体について考えさせるものでもあった。「PORTRAITS+PLACES」は北島が、十年以上とり組んできた白いシャツを着た人物の肖像と都市の風景の写真のDVDで、今回の上映会用に制作された新バージョンだ。同じ人が目を閉じた状態と目を開いた状態のものを重ねるようにしたり、一人の人が別の人と重なったり、動きや変容を感じさせるように編集されたポートレートと都市の高層ビル街や閑静な住宅地の風景が交互に表れる映像で、無音で37分間続く。回顧展でもない限りこの作家の「NEW YORK」と「PORTRAITS+PLACES」を連続して集中して見る機会はない。今回の上映会ではそれが実現されたわけで、北島の仕事の深さをあらためて思い知らされることになった。
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北島敬三「PORTRAITS+PLACES」上映風景
北島敬三「PORTRAITS+PLACES」上映風景

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青森市や八戸市などからも、約40名のお客様がいらして下さいました。
タイトルどおり「恍惚」と「不安」がうずまく津軽の熱い一夜でした。
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今回参加した4人(右から、北島、蔵、本山、笹岡)