掲載紙:〈書評〉笹岡啓子『Fishing』朝日新聞

好評発売中の笹岡啓子写真集『Fishing』の書評が朝日新聞読書欄に掲載されました。

以下、2012年11月18日朝日新聞朝刊からの転載です。

http://www.asahi.com/culture/intro/TKY201211170469.html?id1=2&id2=cabcbbbi

〈視線〉FISHING 笹岡啓子〈著〉
■評・大西若人 (本社編集委員)
タイトルにある通り、この本には釣りをする人たちを追った写真が多く収まっている。
釣りにさして関心のない身には興味がわくはずもないところだが、実際に手にとってみると、ちょっとうっとりとしながら引き込まれていった。
釣り人の表情がアップでとらえられているわけではない。まして針やらリールやらの道具が大写しになっているわけではない。まったく逆に、うんと遠くからとらえているのだ。1978年生まれの写真家は、おそらく釣りに興味があるのではなく、釣り人を遠くから見ることに興味があるのだ。
日本各地で撮ったという多くはなかなかに険しい岩場だ。そこにぽつんとごく小さく釣り人が立っている。歩く後ろ姿もあるが、たいていは釣り糸をたれている後ろ姿だ。この人間たちは、海岸のサイズ比較やタイプ分けのための、いわゆるマッチ箱役としての存在なのか。いや違う。釣りをする小さな後ろ姿の有無で変わるのは、風景のスケールではなく、風景の意味だと思う。
もし人の姿がなければ、おそらくはとらえどころのない海岸風景だろう。だが海を向いている、つまり写真を見ている人と同じ方向を見ている人が現れることで、この風景がより親密な、見られる存在になる。大きな空と、海に「いいなあ」とつぶやきそうになる。
そこに糸を垂らすという営みが加わり、生活との関わりもぼんやりと想起される。原生林に対する里山のようなものか。一方で、人々の小ささが「里海」と呼ぶには手なずけられそうもない、海と海岸の強さも暗示する。そんな絶妙の大きさを持った、人たち。 (KULA・3990円)